イヌにおける、膵炎との関連が憶測される脾膿瘍について

イヌにおける脾膿瘍の原因や病態は、まだ十分明らかにされていません。
一方、ヒトにおける脾膿瘍の原因は、1.遠隔臓器感染巣からの血行性の感染の移行、2.隣接臓器感染巣からの感染の波及、3.脾臓病変に続発した感染、4.外傷、5.免疫不全といわれています。
今回は、イヌにおける脾膿瘍の原因にまつわる論文『膵炎に関連したと推測される脾膿瘍の犬の1例』をご紹介します。

症例

症例は肝臓の腫瘤を主訴に来院した、12歳3ヵ月の雄のミニチュア・ダックスフンドです。
本症例は本学を受診する約3ヵ月前に、嘔吐・元気消失・食欲減退・発熱を訴えて前院を受診し、血液生化学的検査にてアミラーゼおよびリパーゼの高値により、膵炎と診断され治療を受けました。
治療により、一時改善したものの、再び前回同様の症状を示し、腹部超音波およびCT検査にて肝臓腫瘤が認められ、本学を紹介受診しました。

術前経過

第1病日目、元気消失はあるものの体温は正常で、聴診にて心音および肺音に異常は認められません。しかし、腹部超音波検査にて、肝臓内側左葉において肝臓実質と同程度のエコー源性を示す腫瘤が確認されました。

さらに、脾臓の中央部(直径約2cm)および尾部(直径約3cm)においても腫瘤が認められました。これら脾臓の腫瘤はともに、脾臓実質と比較して低エコー源性であり、腫瘤内の液体貯留が疑われることに。
これらの検査結果から、治療的切除生検を目的として、腫瘤を含む肝臓内側左葉の部分切除と脾臓の全摘出を実施することとなりました。

術後経過

第2病日目、手術は無事に実施され、閉腹前の目視での腹腔精査時には、膵臓のびまん性の硬化と周囲の脂肪組織の癒着が認められました。2つの脾臓腫瘤は、ともに多量の膿汁が貯留しており、膿汁中から変性好中球と大腸菌(Escherichia coli)を検出。
病理組織学的な悪性腫瘍を疑う所見が認めなかったため膿瘍と診断され、肝臓腫瘤は結節性過形成と診断されました。

術後は抗菌薬・鎮痛薬・制吐薬を投与し、経過が良好であったため、術後5日目に前院へ転院。
転院後も抗菌薬の投与を継続し、術後19日目に白血球数の低下を認めたため投与を終了しました。

考察

本症例では、外傷の既往歴や証拠がなく、脾膿瘍以外に明らかな感染巣は認められませんでした。さらに、抗核抗体およびリウマチ因子も陰性であり、免疫介在性疾患の既往歴や徴候もありませんでした。
このことから、遠隔臓器感染巣からの血行性の感染の移行、隣接臓器感染巣からの感染の波及が脾膿瘍形成の原因ではないと考えられました。

さらに、脾膿瘍の膿汁から腸内細菌のひとつである大腸菌が同定されたことから、消化管からの大腸菌のバクテリアルトランスロケーションが脾膿瘍を形成したことが示唆されました。つまり、脾膿瘍形成を促進する何らかの病態と同時に、これらを引き起こす何らかの基礎疾患を生じていたと推測されたのです。

イヌでは、膵炎は消化管粘膜を損傷し、腸内細菌のバクテリアルトランスロケーションを促進するとの報告があります。
以上のことと、本症例の既往歴並びに膵臓の硬化および周囲脂肪組織の癒着を認めた術中所見から、脾膿瘍形成の一因となった基礎疾患として膵炎が疑われました。

まとめ

イヌでは膵炎による脾膿瘍形成は報告されていませんが、ヒトでは慢性膵炎に起因する脾膿瘍の形成が報告されています。
そのため、脾膿瘍のある症例が受診した場合には、膵炎の既往歴がないか、膵臓に炎症所見がないかを確認し、原因から根絶させることが重要です。

獣医師E

【参考文献】
三重 慧一郎ら, 膵炎に関連したと推測される脾膿瘍の犬の1例, 日本獣医師会雑誌, 2017, 70 巻, 2 号, p. 114-119,