イヌの乳腺腫瘍は、日常診療で遭遇する機会の多い腫瘍のひとつです。
乳腺腫瘍は複数の乳腺に同時に発生している場合もありますが、段階的に発生することもあります。
腫瘍は、良性から悪性まで幅広く、進行度によって治療方針や予後が大きく異なるため、早期発見と適切な治療選択が大切です。
近年では分子生物学研究によって、腫瘍の発生や進行に関する理解が深まりつつあり、新たな治療戦略の可能性も模索されています。
本記事ではイヌの乳腺腫瘍の現状と新たに期待されているmTOR阻害剤の活用について紹介します。
発生要因と発生頻度の高い代表的な腫瘍
イヌの乳腺腫瘍は、未避妊のメス犬や中高齢犬に多く発生します。
発生にはエストロゲンやプロゲステロンなどの性ホルモンが関与しており、初回発情前に避妊手術を行うことで発生リスクが大きく低下することが知られています。
避妊手術時期が初回発情前の場合の乳腺腫瘍の発生率は0.5%といわれており、2回目の発情後に避妊手術を行った場合の発生率は、約26%まで上昇すると報告されています。
また、メス犬で発生する腫瘍の中でも発生頻度は約40~50%と高く、その約半数が悪性と報告されています。
イヌの乳腺腫瘍は良性と悪性に大別されますが、悪性例では局所浸潤や遠隔転移が問題となります。
特に、悪性度の高い乳腺腫瘍のひとつ、炎症性乳がんは手術を行うリスクが高く、予後不良とされる乳腺癌です。
乳腺腫瘍の予後を左右する重要な因子として、腫瘍の腫瘍径や組織学的悪性度、リンパ管・血管浸潤、リンパ節転移の有無などが挙げられます。
特に腫瘍径が大きい場合や高グレードの場合は転移リスクが高く、生存期間にも影響するとされています。
このように、単に「良性か悪性か」だけでなく、複数の予後因子を総合的に評価することが、治療方針の決定や飼い主さまへの説明において重要です。
イヌの乳腺腫瘍へのmTOR阻害剤の活用
近年、がん幹細胞が、腫瘍の再発や転移・治療抵抗性に関与する可能性が注目されています。
がん幹細胞は、自己複製能を有し、腫瘍の維持や拡大に関わると考えられているからです。
日本獣医生命科学大学の研究では、犬乳がんのがん幹細胞でmTORシグナルが活性化していることが示されました。
mTOR(mechanistic Target of Rapamycin)は細胞増殖や代謝を制御する重要なシグナル経路です。
mTOR阻害剤を用いた実験では、浮遊細胞塊の数やサイズが減少し、自己複製能の抑制が確認されました。
さらに、がん幹細胞移植モデルマウスにおいても抗腫瘍効果が示され、乳腺腫瘍に対する治療の可能性が示唆されています。
まとめ
現在、イヌの乳腺腫瘍の標準治療は外科的切除が中心であり、確立された補助治療は限られています。
しかし、がん幹細胞やmTORシグナルに着目した研究は、新たな治療選択肢につながる可能性を示しています。
今後、基礎研究の成果が臨床応用へ発展し、再発抑制や予後改善に寄与することが期待されるでしょう。
獣医師E
【参考文献】
日本獣医生命科学大学
犬の乳がん幹細胞の自己複製能を標的とした阻害剤の探索~mTORシグナル阻害剤はがん幹細胞の自己複製能を抑制する~
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