イヌの水中毒(急性低ナトリウム血症)

イヌの水中毒は、短時間に大量の水を摂取することで体液が希釈され、急性の低ナトリウム血症を引き起こす救急疾患です。
水遊び、ホースからの直接的な飲水、プールでのボール回収、運動後の過度な飲水などが典型例です。

また、医原性の低張液過剰投与が原因となる場合もあります。
軽度では嘔吐や嗜眠などにとどまりますが、重度では血清Naの急激な低下により、水が細胞内へ移動し、脳浮腫を主体とした神経症状が急速に進行します。
低ナトリウム血症は腎疾患や副腎皮質機能低下症などでも生じるため、低Naのみで水中毒と断定することはできません。

病態生理

大量の水が短時間に体内へ流入すると血清Naが希釈され、細胞外液の浸透圧が低下します。
脳細胞は急性の浸透圧変化に対する代償が乏しいため、数十分〜数時間で脳浮腫が進行し、嘔吐、不穏、歩様異常、筋硬直、痙攣、昏睡へと移行します。

診断

問診(大量の飲水・水遊び歴)、急速な神経症状の進行、血液電解質測定が診断の中心です。
・血清Na基準値:140–155 mEq/L(検査機器により基準値は異なります)
・低Na血症:<140 mEq/L
・重症化リスク:<120 mEq/Lへの急激な低下、または短時間での急激な低下

補助検査として血漿浸透圧(<290 mOsm/kgで希釈性低Na血症を示唆)、尿浸透圧・尿Naが体液量評価や腎性Na喪失の鑑別に有用です。

治療

治療の主眼は「脳浮腫の抑制」と「血清Naの安全な補正」です。

1. 高張食塩水による緊急補正

重度の神経症状(嘔吐、方向感覚の喪失、発作など)を伴う急性低Na血症では、3%、5%、7.5%高張食塩水を2–6 mL/kg、10–15分で投与する方法が報告されています。
投与後は神経症状と血清Naの変化を確認し、過補正を避けつつ追加投与の要否を判断します。
急速補正による浸透圧性脱髄症候群のリスクを考慮し、等張食塩水で緩徐補正を推奨する文献もあり、症例に応じた選択が必要です。

2. 補正速度の管理(ODS予防)

急激なNa上昇は浸透圧性脱髄症候群(ODS)の原因となりえます。
急性例では慢性例よりODSのリスクは低いものの、過度な補正は避けるべきです。
目標値到達後は0.9%生理食塩水などの等張液へ切り替えます。

3. 脳圧管理・対症療法

頭蓋内圧(ICP)亢進にはマンニトール(0.5–1.0 g/kg IV)または高張食塩水(7.2–7.5% HTS 4–5 mL/kg)を使用します。
ICP管理を目的としたHTSと、Na補正を目的とした3%食塩水は投与設計が異なる点に注意します。
痙攣が持続する場合はジアゼパム、ミダゾラム、プロポフォールなどを併用し、脳代謝を抑制します。

4. モニタリング

治療開始後2–4時間で血清Naを再評価し、その後6–8時間ごとに測定します。
神経学的評価、尿量、循環状態を継続的に観察し、過補正時には5%ブドウ糖液などでNaを低下させることを検討します。

予後・再発予防

迅速な治療に反応し、血清Naが安全域まで回復した症例の予後は良好です。
一方、昏睡や長時間の痙攣が続いた症例では不可逆的脳損傷により予後不良となります。

再発予防には水遊び時の飲水量管理が重要で、ホース遊びやボール回収など反復して水を飲み込む行動に注意するよう指導します。

また、遊びの途中で休憩をはさむことや、水遊び後の虚脱、流涎、嘔吐などの状態変化を観察するよう指導するとよいでしょう。

獣医師N

【参考文献】
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