イヌの僧帽弁閉鎖不全症は、中高齢の小型犬に多く見られる心臓病で、10歳以上で約30%以上の罹患率といわれています。現在の日本では、内科治療を選択することがほとんどですが、外科手術という選択肢もあります。この記事では、イヌの僧帽弁閉鎖不全症における外科手術の概要や、手術を行っている動物病院の数、手術費用や成功率について解説します。
イヌの僧帽弁手術に関する概要
ACVIMのガイドラインによると、イヌの僧帽弁閉鎖不全症は、「ステージB2での外科的介入が可能であり推奨」とする専門家もおり、推奨クラスはⅡaです。ステージCは、外科的介入が強く推奨される推奨クラスⅠです。
合併症の発生率が低い施設で僧帽弁形成術を行う場合、ほとんどの症例でリスク以上の利益をもたらします。一方、ステージDにおける外科的介入は可能なものの、周術期死亡率の上昇および全生存率の低下が認められます。
イヌの僧帽弁手術における手順は以下の通りです。
・人工心肺による体外循環の下で手術を開始
・開胸し心臓を停止
・左房を切開し僧帽弁輪縫縮術を実施
・腱索再建術を実施
国内における僧帽弁の手術を行う動物病院数
どうぶつ心臓外科基金のウェブサイトでは、国内で僧帽弁の手術を行う動物病院が8院紹介されていました。また、ウェブ上では、「日本獣医生命科学大学」が、イヌの僧帽弁閉鎖不全症(弁膜症)に対する弁形成術を行っていることが確認できます。
大学以外では、僧帽弁の手術に対応している以下の動物病院が確認できました。
・「JASMINどうぶつ総合医療センター」(神奈川県横浜市)
・「犬と猫の心臓外科」(東京都世田谷区)
・「東京どうぶつ心臓外科」(東京都台東区)
・「茶屋ヶ坂動物病院」(愛知県古屋市)
・「JACCT」(大阪府大阪市)
・「オリーブ動物医療センター」(京都府京都市)
また、これらの病院のスタッフが出張・連携して手術をする動物病院もあるようです。また、ウェブ上で確認できないだけで、僧帽弁の手術に対応している動物病院がほかにもあるかもしれません。
僧帽弁の手術成功率とかかる費用
動物病院のウェブサイトで公表されている手術の成功率は100%に近く、退院率が90%を超えています。これは、術中死の可能性は極めて低い一方で、術後に合併症や持病の悪化、そのほかの要因で亡くなる例が約10%あることを示しています。
主な合併症としては「血栓塞栓症」「脳梗塞」「膵炎」などがあげられ、これらの合併症で亡くなる可能性は5%程度です。また、10歳未満のイヌは合併症のリスクが低いものの、10歳を超えると合併症が起きやすくなる傾向にあります。
また、僧帽弁の手術に必要な費用は、手術代と入院費(約1週間)合わせて200万円弱となっています。
まとめ
僧帽弁閉鎖不全症の投薬治療における生存率は、症状が現れてから治療開始した場合、約半年後で約50%と報告されています。一方、僧帽弁修復術を行った場合、約93%が38カ月以上生存している施設もあるようです。
現在、イヌの僧帽弁手術の成功率は非常に高く、有力な選択肢のひとつとなってきました。ただし、手術にかかる費用が高額であるため、動物の心臓外科基金や、クラウドファンディングなどを利用しているケースも見られます。
今後、ペットの高度医療に対する保険制度が新たに創設されるかもしれません。僧帽弁閉鎖不全症における外科手術の環境がより一層整備され、手術への認知度が高まり、一頭でも多くのイヌが救われることを願います。
獣医師M
【参考文献】
犬の僧帽弁閉鎖不全症における外科的治療:僧帽弁修復術 日獣会誌 65 611~616 (2012)
犬の僧帽弁粘液腫様編成の診断と治療に関するACVIMコンセンサスガイドライン(和訳版) Vet Art
愛犬が「僧帽弁閉鎖不全症」と診断されたら読む本
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