ネコの慢性腎臓病の進行に伴って起こる腎性貧血は、生活の質を下げ、生存期間の短縮と関連しています。現在、腎性貧血の治療には赤血球造血刺激因子(ESA)療法を行うことが一般的です。しかし、副作用や低反応性のため使用できない症例も見られます。そこでこの記事では、ESA療法とは作用機序が違う腎性貧血治療薬として、近年注目されているHIF-PH阻害薬について解説します。
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HIF-PH阻害剤とは
HIF-PH阻害剤は、低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素阻害剤(hypoxia-inducible factor prolyl-hydroxylase inhibitor)の略語です。体内が酸素不足になると低酸素誘導因子(HIF)が作用し、エリスロポエチン(EPO)の産生を促します。一方、酸素濃度が十分な場合では、HIF-PHという酵素がHIFを分解し、EPOの産生が抑制されます。
HIF-PH阻害剤は、HIF-PHを選択的に阻害することでHIFの分解を抑制し、活性を維持します。HIFが活性化されると内因性EPOの産生が促進されます。
また、ESA療法にはない鉄の吸収促進やトランスフェリンの取り込み促進などの作用があり、鉄代謝改善が期待されます。これらにより赤血球の成長・分化が促進し、腎性貧血が改善します。
米国ではVarenjin-CA1(成分名:モリデュスタット)という猫用のHIF-PH阻害剤が、FDAの条件付き承認を得て使用されています。剤型は液剤で、用量は5.0 mg/kg を 1日1回経口投与します。投与期間は、28日間連続投与後、最低7日間の休薬期間を設けて、繰り返し使用が可能です。輸入で手に入れることができます。また、食事の有無にかかわらず投与が可能です。
輸入以外でも、国内では人用のHIF-PH阻害剤モリデュスタット(マスーレッド)が入手できます。ただし剤型は液剤ではなく錠剤で、1錠5.0 mg、12.5 mg のものが使えそうです。人における注意点になりますが、空腹時だと吸収率が低下するため、必ず食後に服用することが推奨されています。
適応症
ESA療法に反応しない、または、副作用が出てしまうなどのネコに、代替治療としての使用が考えられます。ESA療法を行った場合に起こる問題点として、抗EPO抗体による赤芽球癆があります。HIF-PH阻害剤は、内因性EPOを誘導するため、抗体リスクは低いと考えられています。
副作用
ある報告では40%のネコに嘔吐が認められており、もっともよく起こる副作用です。投与のタイミングや食事との関係などの対処が必要になるでしょう。
また、赤血球が増えることや血液粘稠度の上昇により、高血圧や血栓形成のリスクがあります。特に既往歴のあるネコでは、慎重なモニタリングが必要です。対策としては、急激なヘモグロビン上昇を避けることがあげられます。
まとめ
現在のところ国内ではネコの腎性貧血に対するHIF-PH阻害剤は承認されていません。しかし、今まで述べてきたように、人や米国での結果を見ると、ESA療法の代替治療として十分に使用できる薬剤であると考えられます。
まだまだ使用例が少なく、臨床研究や安全性評価が進められている段階ですが、ESA低反応性のネコや副作用を起こす猫には、ぜひ検討してみてください。
獣医師S
【参考文献】
日本獣医腎泌尿器学会誌 2018年 10巻1号p.23-29「ネコのCKDにおける腎性貧血の重要性」
日本内科学雑誌 112巻5号 「HIF-PH阻害薬が変える腎性貧血治療」
日本透析医会雑誌 Vol.37 No.1 2022 「腎性貧血治療薬の使い分け」
日本獣医腎泌尿器学会誌 10(1):30-35,2018 「ネコの腎性貧血における赤血球造血刺激因子(ESA)療法
J Vet Intern Med. 2024;38:197-204 「Use of molidustat , a hypoxia-inducible factor prolyl hydroxylase inhibitor , in chronic kidney disease-associated anemia in cats」
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