イヌの僧帽弁閉鎖不全症におけるNT-proANP測定のポイント

近年、小動物の分野でも心臓病の診断や予後評価などに心臓バイオマーカー(CB:以下CB)を使うようになってきました。本記事では、イヌ・ネコに用いられるCBのひとつ、NT-proANPについて解説します。

NT-proANPとは

心房筋が伸展・拡張すると、心房性ナトリウムペプチド(ANP)前駆体であるproANPが分解され、生理活性のあるANPと安定な分子であるNT-proANPが生じます。
ANPは、体液量や血圧を調整する働きがありますが、一方のNT-proANPは、生理活性がないため血中半減期が長いという特徴があります。そのため、NT-proANPを測定することで、特に分泌量が多くなる左心房の負荷を評価できることから、イヌの僧帽弁逆流症の早期発見や治療開始時期の見極めに期待が集まっています。

NT-proANPの測定法

NT-proANPを測定するには、外注検査と院内検査があります。外注検査は、(株)エム・エル・ティーと、富士フイルムVETシステムズ(株)が行っています。
前者は検体が冷凍血清でELISA法、後者は検体が冷凍血清もしくは冷凍血漿で、ラテックス凝集比濁法です。正常範囲は両社とも近く、前者が21.0 ng/mL以下、後者が21.2 ng/mL以下となっています。
また、院内検査にはチェックマンNT-proANPがあります。検体にEDTA処理の血漿を用いることで、約20分で測定できます。判定窓内の判定ラインと参照ラインの色調で、正常か高値かを判定します。カットオフ値は薬物治療開始の目安になる値と言われていますが、具体的な数字は示されていません。

僧帽弁閉鎖不全症犬におけるNT-proANPの臨床的意義

ステージB2およびCでは、非心疾患群・B1群と比較して有意に高値でした。したがってNT-proANPは、ACVIMステージB2以上の識別に有効です。文献ではステージB2以上を診断するためのカットオフ値は42.2 ng/mLと報告されています。
心エコー検査と併用することで、治療開始のタイミング判断に役立ちます。また、NT-proBNPやcTnIとの併用で、心室負荷や心筋障害の評価もでき、より正確な病期評価が可能です。
また、うっ血性心不全徴候を呈さない粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD)のイヌの発咳と呼吸器疾患のイヌの発咳の鑑別が可能だったとの報告もあります。

(株)エム・エル・ティーでは、以下のように記載されています。
・参考基準範囲:0 ~21.0 ng/mL
・測定値が21.0 ng/mLを超えていれば、必要に応じて各種検査を行うことを推奨します。
・測定値が 40ng/mL を超えていれば、必要に応じた精密検査を推奨いたします。
参照:https://www.m-lt.co.jp/common/pdf/usersguide2025/050.pdf

一方、富士フイルムVETシステムズ(株)では
・参考基準範囲 21.2 ng/mL以下
とだけ記載されていました。
参照:https://www.fujifilm.com/jp/ja/healthcare/veterinary/examination/endocrine/heart

血漿NT-proANP濃度は夜間に減少傾向を示し、交感神経活性の亢進と共に上昇する可能性があること、そして脱水およびGFRの影響を受けるという報告もあるため、水和状態や腎不全の重症度、採血の時間帯や興奮状態も加味する必要があるでしょう。

まとめ

僧帽弁閉鎖不全症における治療の難しさは、治療開始のタイミングや、発咳の呼吸器疾患との鑑別、病期の評価などが挙げられます。今までは、心臓エコーやレントゲンなどの画像診断が検査の中心でしたが、個人の技量に依存するなど、評価の難しさがあります。NT-proANPを測定すれば、判断の助けとなり、今後、ますます重要になっていくでしょう。

【関連文献】
動物臨床医学21(4)151-156,2012 心臓バイオマーカーから心臓病を評価する
動物の循環器 第44巻1号1-9 (2011) イヌおよびネコにおける心臓バイオマーカーを利用した疾患の評価
日獣会誌 68, 68-72 (2015) ELISAによる犬血漿N末端プロ心房性ナトリウム利尿ペプチド濃度測定
動物の循環器 第54巻1号15-25 (2021) 僧帽弁閉鎖不全犬におけるELISA法を用いたNT-proANP測定法の臨床的意義
日本獣医生命科学大学獣医学専攻博士課程学位論文 イヌでの血漿N末端プロ心房性ナトリウム利尿ペプチド濃度の臨床的意義に関する研究

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