がん治療には「手術」「化学療法」「放射線療法」「緩和ケア」など、さまざまな方法があります。しかし、持病を抱えるイヌの場合は、どの程度まで治療が可能か・どの抗がん剤を選択するかなどを慎重に検討し、個々に合わせた治療計画を立てることが重要です。
がん治療を行う上で注意が必要な持病
・心疾患
イヌの心疾患は高齢犬での発生率が高く、持病があると腫瘍摘出手術における麻酔リスクが大きくなります。具体的には、心臓に負担がかかりにくい麻酔薬の選択、心拍出量低下への配慮、興奮時に心負荷を回避すること、血圧低下を防ぐ適切な輸液管理などが求められます。
また、抗がん剤の中には心筋や心臓の機能に悪影響を及ぼすものがありますので、病理検査の結果を踏まえて心毒性のある薬剤を避け、可能な限り代替薬を選択する配慮が必要です。
・腎疾患
多くの抗がん剤は腎臓または肝臓で代謝・排泄されます。腎機能が低下している場合、腎排泄性の薬剤は体内に長く残り、過剰投与と同様のリスクを生じます。
また、抗がん剤の中には腎毒性を持つものもあり、投与によって腎機能がさらに悪化する恐れがあります。さらに腫瘍崩壊症候群(TLS)が起こると、カリウムやリンの急上昇で腎障害が急激に悪化する可能性があるため、予防的な輸液管理が不可欠です。
具体的な注意点
・心毒性のある抗がん剤と回避策
心毒性のある代表的な抗がん剤はドキソルビシンです。ドキソルビシンは心筋細胞に影響を及ぼし、不可逆的な心筋障害を引き起こすことがあります。特に累積投与量が重要で、一般的に投与量が180~240 ㎎/m2を超えると心筋障害のリスクが高くなると言われています。
小型犬や心疾患の既往があるイヌの場合は、投与量を減らす、またはがんの種類に応じてカルボプラチンやパクリタキセルなどの心毒性の少ない薬剤を検討します。
・腎毒性のある抗がん剤と回避策
腎毒性のある代表的な抗がん剤はシスプラチンです。シスプラチンは尿細管上皮細胞を傷害し、急性腎不全を起こしやすいため、投与時には十分な輸液で腎血流量を確保することが重要です。
また、直接的な腎毒性はなくても、ドキソルビシンやシクロフォスファミドはTLSを引き起こすことで二次的に腎障害を引き起こす恐れがあります。このような抗がん剤を使用する際には、点滴管理に加えBUN、Cre、SDMA、尿比重のモニタリングを行い異常があれば早期対応できる体制が必要です。
がん治療の適応・不適応
がんの確定診断がついた場合、まず1番に考えるべきは、がん治療を行うべきか否かを慎重に検討することです。治療反応性が高いがんや、進行が局所的で転移がなく、体力があり基礎疾患のコントロールが可能な場合は、積極的にがん治療を行うメリットが大きいと言えます。
一方で、治療抵抗性が非常に高く、転移が認められたり、基礎疾患を含めた全身状態ががん治療に耐えられないと予測されたりする場合は、治療を行うことでQOLが低下する可能性があります。また、飼い主さまが治療を望まない場合は、その意思を尊重することも欠かせません。
治療方針を十分に検討した結果、積極的な治療を選択しない場合でも、緩和ケアを提案し、可能な限り安心して過ごせるよう最大限のサポートを行うことが大切です。
まとめ
既往症があるイヌにがん治療を行う場合は、まず基礎疾患の進行状況と全身状態を詳細に把握し、どの程度治療に耐えられるかを慎重に見極めることが重要です。がんの治療計画だけを優先するのではなく、持病が悪化しないよう十分に配慮しながら、最適な計画を立てていきましょう。
獣医師F
【参考文献】
Nephrotoxicity associated with chemotherapy in dogs: incidence and risk factors.
Journal of Veterinary Internal Medicine, 2014.
Doxorubicin-induced cardiotoxicity in dogs: Monitoring and management.
Journal of Veterinary Cardiology, 2012.
【関連製品】
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