CT検査の有用性が示唆されたイヌの甲状腺腺腫の1例

この記事では、「CT検査の有用性が示唆された犬の甲状腺腺腫の1例」という、希少な甲状腺腺腫に遭遇した際の論文の内容をまとめました。
甲状腺線種と甲状腺癌の鑑別の参考にもなる情報となっておりますので、日々の診療のお役に立てば幸いです。

ご紹介する文献
CT検査の有用性が示唆された犬の甲状腺腺腫の1例
鈴村 依子, 宇根 智,動物臨床医学, 2021, 30巻, 4号, p.107-110

現状

イヌの甲状腺腫瘍の発生率は低く、イヌの腫瘍全体の2%未満で、そのうち90%が悪性と言われています。また、良性の甲状腺腫瘍には甲状腺腺腫が挙げられますが、その発生率は甲状腺腫瘍全体のうち0.6%と極めて稀です。

症例

この論文で紹介されている症例は、10歳1ヵ月齢のミニチュア・ダックスフント、去勢済雄、体重7.8kgです。10日前に左側頸部の腫瘤に気づき本院を受診しました。触診にて左側頸部に触知された腫瘤は、軟性で11.7×12.5 ×15.7mmでした。

なお、触診では下顎リンパ節、浅頸リンパ節の腫大は認められず、全血球計算と血液化学検査でも異常は認められませんでした。また、超音波検査では左側頸部において被膜に囲まれた腫瘤が認められ、内部は無エコーの領域で占められており、一部に高エコーの部分が確認されるという所見がみられ、カラードプラ法を施したところ血流信号は乏しく軽微でした。

経過

症例に単純CT検査を実施したところ、高吸収の左側甲状腺が確認でき、その尾側に連続する低吸収腫瘤が認められましたが、腫瘤に石灰化はみられませんでした。また、造影CT検査では腫瘤辺縁は被膜状に造影増強され、内部は液体と思われる造影されない低吸収領域で占められていました。

なお、右側の甲状腺に異常は認められず、肺やリンパ節への転移を疑う所見も認められませんでした。さらに、細胞診では粘性の低い血様の液体が採取され、少量のシート状の円形細胞集塊が認められ、この円形細胞は異型性のない円形核と広い細胞質を持ちN/C比は低い傾向でした。

第22病日に頸部皮膚を切開し、左側甲状腺に連続する腫瘤を確認しましたが、左側甲状腺と腫瘍を分離するのは不可と判断し、左側甲状腺摘出術を行うことになりました。そして、病理組織検査により、腫瘍は甲状腺濾胞上皮由来の甲状腺腺腫と診断されました。なお、手術後1日目のT4値は異常を認めず、2年間にわたり再発はなく良好に推移しています。

まとめ

イヌの正常な甲状腺は触知困難で、触知可能な場合のほとんどが悪性であると言われています。また、一般的に甲状腺腺腫は非常に小さく、大きくなることもあるが稀と報告されています。本症例は甲状腺腺腫でも希少で、悪性と判断されかねない症例でした。
しかし、悪性である甲状腺癌のCT画像所見は、血流豊富な不均一に造影される腫瘍で、嚢胞を形成することはほとんどないと言われています。さらに、悪性では食道や気管、血管、筋肉など周辺組織に浸潤することがあるとされており、リンパ節や肺などに高率に転移も認められ、血管浸潤や組織浸潤および石灰化という所見が甲状腺癌のみで認められたと報告されています。
一方、良性である甲状腺腺腫は、CT検査では薄い被膜に包まれた均一な嚢胞構造が一から数個認められ、周囲を変位させることはあるものの、浸潤や腫瘍内血管新生はないとされているのです。
今回の論文の症例では、CT像でこういった甲状腺癌の所見に乏しく、さらに甲状腺腺腫に特徴的な病理組織像と共通する所見が確認されました。以上より、甲状腺腫瘍のCT所見と病理学的特徴を併せて評価することで、CT検査による甲状腺腺腫と甲状腺癌との鑑別が可能であると今回の論文より示唆されました。

獣医師F

【参考文献】
鈴村 依子, 宇根 智, CT検査の有用性が示唆された犬の甲状腺腺腫の1例, 動物臨床医学, 2021, 30巻, 4号, p.107-110

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